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Regulation

EU AI Act 完全ガイド—リスク分類の4段階とシステム開発者に課される義務

2026.03.18 | AITB編集部

2026年8月2日、EU AI Act の大半の規定(High-Risk AI の義務を含む)が適用開始となる予定だった(2026年3月の記事公開時点。その後の改正で High-Risk 義務は延期された。冒頭の追記参照)。「日本企業だから関係ない」では済まない。EU 市場向けに AI を提供する場合、また EU 域外の事業者でも AI の出力が EU 域内で利用される場合、適用対象となる。本記事ではリスクベースの 4 段階分類、High-Risk AI に該当するか否かの判定フロー、開発者・運用者に課される具体的な義務、対応に必要な文書テンプレート、そして日本企業が取るべき準備のタイムラインまでを整理する。

注意:本記事は規制動向の整理であり、特定案件の合法性判断や法的助言ではありません。具体的な適用判断は弁護士等の専門家にご相談ください。AITB は技術・ガバナンス側の対応範囲整理を支援します。

2026年10月1日追記(適用日の変更):本記事は 2026年3月18日時点の情報に基づく。その後、AI Act を改正する Regulation (EU) 2026/1744(Digital Omnibus on AI)が 2026年7月24日に EU 官報に掲載され、7月27日に発効した。これにより、High-Risk AI の分類・要件・事業者義務(第 III 章第 1〜3 節)の適用開始日は、Annex III 型が 2027年12月2日、Annex I(製品組み込み)型が 2028年8月2日 に延期された。あわせて、本人の同意なく実在の人物の性的画像等を生成する AI と、児童性的虐待コンテンツを生成する AI の禁止(第5条1項(ba)(bb))が追加され 2026年12月2日から適用されるほか、2026年8月2日より前に市場投入された生成 AI システムの出力表示義務(第50条2項)には 2026年12月2日までの猶予が設けられた。本文中の日付は改正後の内容に合わせて修正している。

1. なぜ EU AI Act が日本企業にも関わるのか

EU AI Act は GDPR と同様の 域外適用(extraterritorial application) を持つ。次のいずれかに該当する日本企業は対象になる:

なお、GDPR と異なり、適用の基準は「EU 域内の個人(データ主体)のデータを処理しているか」ではなく、AI を EU 市場に提供するか・AI の出力が EU 域内で利用されるか・EU 域内で AI を利用するか、である(第2条1項)。EU に拠点を持たない企業でも、グローバル展開している場合は該当しうる。

2. リスクベースの 4 段階分類

区分 内容 主な対応 適用時期
Unacceptable Risk 社会的スコアリング、公共空間での法執行目的のリアルタイム遠隔生体識別(限定的な例外あり)、サブリミナル技術等による操作等 禁止 2025 年 2 月 適用済(2026 年改正で追加された性的画像・児童性的虐待コンテンツ生成 AI の禁止は 2026 年 12 月 2 日から)
High Risk 教育・雇用・与信・法執行・医療・重要インフラ等の重要決定に関与 技術文書、透明性、人間監視、適合性評価 当初 2026 年 8 月(Annex I 型は 2027 年 8 月)→ 改正により 2027 年 12 月 2 日(Annex I の製品組み込み型は 2028 年 8 月 2 日)
Limited Risk チャットボット、生成 AI コンテンツ、ディープフェイク 利用者への明示・透明性義務 2026 年 8 月 2 日 適用(同日より前に市場投入された生成 AI の出力表示は 2026 年 12 月 2 日まで猶予)
Minimal Risk スパムフィルタ、推薦システム、ゲーム AI 等 任意の行動規範(ただし AI リテラシー措置〔第4条〕は全 AI システム共通) (個別の規制義務なし)

補足として、感情認識システムは職場・教育現場での利用が(医療・安全目的を除き)「禁止」に該当し、それ以外の用途でも High-Risk +透明性義務の対象となるため、Limited Risk の代表例には含めていない。また GPAI(汎用 AI モデル)への義務(後述)は 2025 年 8 月 2 日からすでに適用されている。

最大の論点は High-Risk に該当するか否か。罰則・対応コストが桁違いに変わる。

3. High-Risk 該当性の判定フロー

簡略化したディシジョンツリー:

Q1. 自社 AI システムは Annex III に列挙された分野で使われるか?
    (生体認証 / 重要インフラ / 教育・職業訓練 / 雇用・労務管理 /
     必須サービスへのアクセス / 法執行 / 移民・難民管理 /
     司法・民主プロセス)
    │
    ├─ いいえ → High-Risk ではない可能性が高い(個別検証は必要)
    │
    └─ はい → Q2 へ
              │
              ▼
       Q2. その用途で「重大な影響」を持つか?
           (個人の権利・安全・健康・基本的人権に影響)
              │
              ├─ いいえ → 限定的免除の可能性あり
              │
              └─ はい → ★ High-Risk 該当 ★
                       │
                       ▼
               Q3. 自社の役割は何か?
                   - Provider(提供者):技術文書 + 適合性評価 + CE マーキング
                   - Deployer(利用者):影響評価 + 透明性 + ログ管理
                   - Importer / Distributor:軽量だが文書確認義務あり

なお、上記は Annex III(用途ベース)の判定フローである。これとは別に、機械・医療機器・玩具など EU の製品安全規制(Annex I)の対象製品に安全コンポーネントとして AI を組み込む場合も High-Risk に該当する経路があるため、ハードウェア製品を扱う企業は併せて確認が必要だ。

Annex III の要注意分野(日本企業に多い)

「社内採用支援に LLM を使っているだけ」も雇用領域として該当しうる。

4. High-Risk AI に課される義務(Provider 視点)

義務 概要 対応難易度
技術文書 設計・開発・テスト・性能データを詳細記録、Annex IV に項目あり 高
データガバナンス 学習・検証・テストデータの品質、バイアス、関連性の管理 高
透明性 システムの能力・限界・想定用途を Deployer に伝達 中
人間監視 Human-in-the-loop の組み込み、停止・上書きの仕組み 高
正確性・堅牢性 性能基準の設定、ドリフト検出、敵対的攻撃への耐性 中
ログ管理 自動ログ生成、最低 6 ヶ月保管、追跡可能性確保 中
適合性評価 第三者機関 / 自己評価による確認、CE マーキング 高
登録 Annex III 型は EU データベース(第49条・第71条)への登録 低
市販後監視 運用中の問題収集・規制当局への報告 中

Deployer(利用者)にも義務がある

High-Risk AI を利用する側にも、次の義務が課される:

「ベンダー任せ」では済まない。利用側の責任分担を明文化する必要がある。

5. GPAI(汎用 AI モデル)への規制

Llama・GPT・Claude・Gemini 等の GPAI モデル提供者には、別枠で次の義務がある(2025 年 8 月 2 日から適用済み):

GPAI を組み込んでサービス提供する事業者にも波及する:自社が High-Risk AI の Provider となる場合は、提供元から受け取った情報(第53条1項(b))も踏まえ、Deployer 向けの使用説明書(第13条)を整備する必要がある。

6. 罰則

違反時の制裁金は GDPR 級 に厳しい:

違反種別 上限
禁止行為(Unacceptable Risk) 3,500 万ユーロ または 全世界売上高の 7%
High-Risk 義務違反 1,500 万ユーロ または 全世界売上高の 3%
GPAI 義務違反 1,500 万ユーロ または 全世界売上高の 3%
当局への虚偽情報提供 750 万ユーロ または 売上高の 1%

数字が物語るとおり、リスクマネジメントの観点でも無視できない。

7. 必要な文書テンプレート(最低限)

High-Risk に該当する場合、最低でも次の文書セットを整備する:

docs/eu-ai-act/
├─ 01_system-description.md       # システム概要(用途・アーキテクチャ)
├─ 02_risk-management-plan.md     # リスク評価・緩和措置の継続計画
├─ 03_data-governance.md          # データセット説明・バイアス分析
├─ 04_technical-documentation.md  # Annex IV 準拠の技術文書
├─ 05_instructions-for-use.md     # Deployer 向け使用指示書
├─ 06_human-oversight-design.md   # 人間監視機構の設計
├─ 07_logging-design.md           # 自動ログの仕様・保管方針
├─ 08_conformity-assessment.md    # 適合性評価の結果
├─ 09_post-market-monitoring.md   # 市販後監視計画
└─ 10_eu-declaration-of-conformity.md  # 適合宣言

GitHub などでバージョン管理し、規制当局・パートナーに対する開示を即時にできる体制が望ましい。

8. 準備タイムライン(記事公開時点の想定)

以下は記事公開時点(2026年3月)に、当初の High-Risk 義務適用日(2026年8月)から逆算した計画である。改正により適用日は延期されたため、延期後の日付から逆算して読み替えてほしい。

[当初の適用日まで残り約 4 ヶ月(2026年3月時点)]
Week 1-2:   Annex III 該当性の自社プロダクト棚卸し
Week 3-4:   High-Risk 該当製品の特定、Provider/Deployer 役割整理
Month 2:    技術文書の骨子作成、データガバナンス文書、ログ仕様策定
Month 3:    人間監視機構の実装レビュー、適合性評価手順の決定
Month 4:    内部監査、CE マーキング準備、Deployer 向け文書配布
[2026/08]   当初の High-Risk 義務適用日(改正後は 2027/12/02、Annex I 型は 2028/08/02)

「8 月から準備」では完全に間に合わない。今すぐ Annex III 該当性の確認から始めるべき段階にある。

9. 日本企業の準備チェックリスト

10. 他規制との接続

EU AI Act は単独で動くものではなく、次の規制群と連携運用が想定される:

これらをマッピングしたガバナンスフレームワークを内製するのが、長期的には最も効率的。


個別案件の判定・準備支援、社内体制構築のご相談は 無料相談 よりお問い合わせください。AITB は法的判断には踏み込みませんが、技術・ガバナンス側の対応範囲整理を承ります。

参考文献・ファクトチェック

本記事の事実関係は、AITRの編集・ファクトチェック方針に基づき、一次情報を優先して出典と照合しています(最終確認日:2026.10.01)。誤りにお気づきの場合はお問い合わせよりご連絡ください。

  1. Regulation (EU) 2024/1689 (Artificial Intelligence Act), OJ L 2024/1689(ELI: http://data.europa.eu/eli/reg/2024/1689/oj)
  2. Regulation (EU) 2026/1744 (Digital Omnibus on AI), OJ L 2026/1744, 24.7.2026(ELI: http://data.europa.eu/eli/reg/2026/1744/oj)
  3. European Commission – The General-Purpose AI Code of Practice(署名者一覧)
  4. Regulation (EU) 2016/679 (GDPR), Article 22
  5. Directive (EU) 2022/2555 (NIS 2 Directive)
  6. Regulation (EU) 2022/2065 (Digital Services Act)
  7. Regulation (EU) 2022/1925 (Digital Markets Act)
  8. NIST – AI Risk Management Framework
  9. BSI(英国の国家規格協会・ISO 加盟機関)– ISO/IEC 42001 AI Management System
訂正履歴
  • 2026.10.01Regulation (EU) 2026/1744(Digital Omnibus on AI、2026年7月24日官報掲載・7月27日発効)による適用日の変更を反映(High-Risk 義務:Annex III 型 2026年8月→2027年12月2日、Annex I 型 2027年8月→2028年8月2日。生成 AI 出力表示の経過措置、新たな禁止行為の追加)。あわせて「2026年8月に完全施行」(記事公開時点でも Annex I 型は 2027年8月適用のため不正確)、域外適用の要件(GDPR の「データ主体」基準ではなく AI Act 第2条1項の基準)、リアルタイム遠隔生体識別の禁止範囲(法執行目的・公共空間に限定)、Annex III の例示(保険は生命・健康保険、重要インフラの範囲)、10^25 FLOPs の閾値(「以上」→「超」)、EU データベース登録、域内代理人、ISO/IEC 42001 の位置づけ等を訂正。