2026年4月1日、CSCのCTO直轄の専門組織として「AI Trust Board(AITB)」が設置される。生成AIをめぐる不安と期待が交錯する今、なぜAITBは「禁止」ではなく「信頼の実装」を選んだのか。設置に先立ち、3名のコアメンバーが設置の経緯から今後の展望まで率直に語った。
Section 01
AIをめぐる「現場の本音」から始まった
QAITBを設置しようと思ったきっかけを教えてください。
渡
渡辺 洋司
率直に言うと、社内から上がってくる声が変わってきたんです。以前は「AIを使いたい」という前向きな声が多かった。ところが去年あたりから「使ってみたいけど、何かあったときに自分が責任を取れるか不安」「お客さんのデータをAIに渡していいのか判断できない」という相談が増えてきた。
現場のエンジニアや営業が萎縮している。これはよくないと思いました。「わからないから使わない」では、もはや競争にならない。わからなくても安心して使えるようにするのが、私たちのような会社の役割じゃないかと。
現場のエンジニアや営業が萎縮している。これはよくないと思いました。「わからないから使わない」では、もはや競争にならない。わからなくても安心して使えるようにするのが、私たちのような会社の役割じゃないかと。
Q太田さんはどういう文脈でAITBに参加されたんですか?
太
太田 祐一
DataSignではずっと「データの主権」というテーマに取り組んできました。個人データが誰のものか、どう管理されるべきか、という問いです。生成AIが普及して、この問いが一気に難しくなった。
渡辺さんから声をかけてもらったとき、「セキュリティとプライバシーとガバナンスを、縦割りではなく一体で考える場所を作りたい」という話に強く共鳴しました。AI MONBANというプロダクトで蓄積してきた知見を、より広い文脈で役立てられると感じた。
渡辺さんから声をかけてもらったとき、「セキュリティとプライバシーとガバナンスを、縦割りではなく一体で考える場所を作りたい」という話に強く共鳴しました。AI MONBANというプロダクトで蓄積してきた知見を、より広い文脈で役立てられると感じた。
Q山田さんはセキュリティの観点でどんな問題意識をお持ちでしたか?
山
山田 Kay
私はプロダクト側から見ていたので、「動くものを作ること」と「それが安全であること」のギャップに日々悩んでいました。生成AIをプロダクトに組み込もうとすると、従来のセキュリティの考え方がそのまま使えない場面がどんどん出てくる。
たとえばAIエージェントにツールを使わせると、どの権限をどこまで与えていいのかが、コードを読んでも判断できない。静的なルールで守れない動きをするものを、どうガバナンスするか。それが私の問題意識でした。
たとえばAIエージェントにツールを使わせると、どの権限をどこまで与えていいのかが、コードを読んでも判断できない。静的なルールで守れない動きをするものを、どうガバナンスするか。それが私の問題意識でした。
「わからないから使わない」では、もはや競争にならない。わからなくても安心して使えるようにするのが、私たちの役割だ。
渡辺 洋司 / CSC 代表取締役CTO
Section 02
「禁止」ではなく「信頼の実装」を選んだ理由
Q組織としてAIを「禁止する」という選択肢もあったと思いますが、なぜそうしなかったのですか?
渡
渡辺 洋司
禁止は簡単です。でも禁止した瞬間、現場は「公式には使えないから、こっそり使おう」となる。シャドーAIと呼ばれる現象ですが、禁止によってリスクが消えるどころか、むしろ見えにくくなる。
それよりも、「なぜリスクがあるのかを理解した上で、使えるレールを敷く」ほうがはるかに健全だと思っています。車が怖いから乗らない、ではなくて、シートベルトとエアバッグを装備して高速道路を作る。そういう発想です。
それよりも、「なぜリスクがあるのかを理解した上で、使えるレールを敷く」ほうがはるかに健全だと思っています。車が怖いから乗らない、ではなくて、シートベルトとエアバッグを装備して高速道路を作る。そういう発想です。
太
太田 祐一
プライバシーの世界でも全く同じ議論があります。「個人データを扱うのは怖いから扱わない」という会社は、結果として顧客への価値提供ができなくなる。大切なのは「扱わない」ことではなく、「説明できる形で扱う」ことです。AIの信頼も同じ構造だと思っています。
AITBのミッション
生成AIの価値と信頼性を判断・推進する専門組織として、AIを「禁止」するのではなく、「目一杯使い切れる環境」を組織と社会に提供する。
Section 03
3軸評価と「PoC前の早期判断」という哲学
QAITBの評価フレームワークとして「3軸(Technology / Business Value / Trust)」を採用した理由を教えてください。
渡
渡辺 洋司
これは3人で議論を重ねて出てきた言葉です。技術的に実現できるかどうかだけを評価しても意味がない。かといってビジネス価値だけを見てもリスクを見落とす。信頼性だけを厳しく問えばイノベーションが止まる。
この3つは同時に問わないといけない。そして、プロジェクトが走り始めてから問うのでは遅い。企画段階・アイデア段階から介入することで、後工程での手戻りを防げると考えました。
この3つは同時に問わないといけない。そして、プロジェクトが走り始めてから問うのでは遅い。企画段階・アイデア段階から介入することで、後工程での手戻りを防げると考えました。
山
山田 Kay
セキュリティの視点から言うと、「セキュアバイデザイン」という考え方そのものです。後からセキュリティを足そうとすると、構造的に無理なことが多い。AIのガバナンスも同じで、アーキテクチャを決める前に「信頼をどう実装するか」を決めておかないといけない。
だからAITBは「PoC前」に介入することを基本にしています。プロトタイプを作ってから持ってきてもらうより、ホワイトボードの段階で一緒に考えたい。
だからAITBは「PoC前」に介入することを基本にしています。プロトタイプを作ってから持ってきてもらうより、ホワイトボードの段階で一緒に考えたい。
Q実際に評価してみて、どんな案件が多いですか?どんなパターンで引っかかることが多いですか?
太
太田 祐一
圧倒的に多いのが「Trust軸」でひっかかるケースです。「お客さんの問い合わせデータをRAGの参照データに使いたい」という相談は多いのですが、その利用目的をお客さんに説明できているか、同意の取り方は適切か、という問いになると急に言葉が止まる。
技術的には実現できる。ビジネス価値もある。でもTrustが説明できない。このパターンが一番多い。だからといってNGにするのではなく、「こういう設計にすれば説明できる」という代替案を一緒に考えるのがAITBの役割だと思っています。
技術的には実現できる。ビジネス価値もある。でもTrustが説明できない。このパターンが一番多い。だからといってNGにするのではなく、「こういう設計にすれば説明できる」という代替案を一緒に考えるのがAITBの役割だと思っています。
技術的には実現できる。ビジネス価値もある。でも、Trustが説明できない—このパターンが一番多い。
太田 祐一 / DataSign 代表取締役
Section 04
AI TRiSM戦略——3本柱が生まれた背景
AITBが策定したAI TRiSM戦略は、「AIガードレール」「AI Secure Gateway」「AI-SPM」の3本柱で構成されている。これはCSCの既存セキュリティ事業の延長線上にあるが、単なる焼き直しではない。
Q3本柱はどのように設計されたのですか?
山
山田 Kay
CSCにはWAF、CNAPP、SOC、MSSPという強みがあります。これらをそのままAIに当てはめても機能しないことはわかっていた。WAFはHTTPリクエストを守るために設計されていて、プロンプトの「意味」は読めない。CNAPPはクラウドインフラの構成を監視するが、AIエージェントの「意図」は追えない。
だから「意味(セマンティクス)と意図(インテント)を制御できる新しいレイヤー」として、各柱を再設計しました。
だから「意味(セマンティクス)と意図(インテント)を制御できる新しいレイヤー」として、各柱を再設計しました。
太
太田 祐一
DataSignのAI MONBANはまさにAI Secure Gatewayの領域にあります。AIとデータソースの間で何が流れているかを制御する仕組みです。「JIT(ジャスト・イン・タイム)権限付与」と私たちは呼んでいますが、必要なタスクを実行する瞬間だけ必要な権限を与えて、終わったら即座に剥奪する。
これはゼロトラストの考え方をAIエージェントに適用したもので、CSCのゼロトラスト戦略とも自然に繋がるんです。
これはゼロトラストの考え方をAIエージェントに適用したもので、CSCのゼロトラスト戦略とも自然に繋がるんです。
Section 05
「AI迷子」問題と、公正なエコシステムへの挑戦
QAITBが掲げる課題の中に「AI迷子」という言葉があります。これはどういう状態を指しているのですか?
太
太田 祐一
これはDataSignのwebtruというプロダクトを開発する中で気づいたことです。今、AIエージェントは企業のウェブサイトに大量にアクセスしてコンテンツを持っていく。でも人間と違ってページを見て「問い合わせしよう」とはならない。
良質なコンテンツを作っても、AIに吸われるだけでビジネスに繋がらない。これが「AI迷子」状態です。しかも、どのAIが何の目的で来ているのかさえ企業は把握できていない。訪問者の意図が見えないまま、コンテンツだけが消費されていく。
良質なコンテンツを作っても、AIに吸われるだけでビジネスに繋がらない。これが「AI迷子」状態です。しかも、どのAIが何の目的で来ているのかさえ企業は把握できていない。訪問者の意図が見えないまま、コンテンツだけが消費されていく。
渡
渡辺 洋司
これはWebのビジネスモデル全体の問題です。広告収入モデル、サブスクモデル、いずれも「人間が来てくれること」を前提に設計されている。AIが情報を中間搾取してしまうと、情報を生み出すインセンティブが壊れる。長期的にはAI自身が参照できる情報の質も下がるという逆説がある。
llms.txtのような動きも出てきていますが、まだ入口です。AITBとして、この構造にどう向き合うかは今後の重要テーマの一つです。
llms.txtのような動きも出てきていますが、まだ入口です。AITBとして、この構造にどう向き合うかは今後の重要テーマの一つです。
Section 06
AITBが描く「信頼のOS」とこれから
Q最後に、AITBが目指す姿と、それぞれが持っている期待を聞かせてください。
渡
渡辺 洋司
私が使っている言葉で言えば、「デジタル・トラスト(信頼のOS)」を実装することです。OSというのは、アプリケーションを動かすための基盤ですよね。AIという強大なアプリケーションを安全に動かすための基盤——それを社会インフラとして整備することが最終的なゴールです。
AITBはその先行事例を作る場所だと思っています。CSCグループの中で試して、うまくいったものを社会に還元していく。
AITBはその先行事例を作る場所だと思っています。CSCグループの中で試して、うまくいったものを社会に還元していく。
太
太田 祐一
私はやはり「個人とデータの関係」に帰着すると思っています。AIが強くなればなるほど、個人の行動・思考・感情のデータが価値を持つ。そのデータが誰のもので、どう使われるべきかを決める力を個人が持てるかどうか。
AITBを通じて、「信頼できるAIとはこういうものだ」という具体的なモデルを示したい。言葉だけではなく、実装レベルで。
AITBを通じて、「信頼できるAIとはこういうものだ」という具体的なモデルを示したい。言葉だけではなく、実装レベルで。
山
山田 Kay
私はもっとシンプルで、「AIを使う人が怖くない世界」を作りたいんです。エンジニアが、営業が、企画担当者が、AIを使うときに「これは大丈夫なのか」と毎回不安になるのは疲弊します。
AITBが「このレールの上を走れば安全だよ」というガードレールと地図を提供できれば、組織全体のAI活用が一段加速すると思っています。それが私たちの存在意義です。
AITBが「このレールの上を走れば安全だよ」というガードレールと地図を提供できれば、組織全体のAI活用が一段加速すると思っています。それが私たちの存在意義です。
「このレールの上を走れば安全だよ」というガードレールと地図を提供できれば、組織全体のAI活用が一段加速する。
山田 Kay / CSC プロダクト本部長
取材・構成:AITB編集部(2026年3月) 本記事は2026年3月に実施した対談をもとに編集しています。
参考文献・ファクトチェック
本記事の事実関係は、AITRの編集・ファクトチェック方針に基づき、一次情報を優先して出典と照合しています(最終確認日:2026.10.01)。誤りにお気づきの場合はお問い合わせよりご連絡ください。
- Spotlighting 'shadow AI': How to protect against risky AI practices (Google Cloud)
- OWASP Community: Web Application Firewall
- Introducing Security Command Center Enterprise (Google Cloud Blog)
- AnswerDotAI/llms-txt(llms.txt 提案の公式リポジトリ)
- What is retrieval-augmented generation (RAG)? (GitHub Resources)
訂正履歴
- 2026.10.01ファクトチェックにより、事実関係の記述 2 件を訂正・削除しました。